親との会話。
2003年11月6日大きくなる(って言ってる歳でもないけど)につれて、親との会話って微妙になってくるよなー。と今日改めて感じた。
なんていうのかな、小さい頃は明らかに親の立場が強くって、そして親の事はいつもとても正しくて、自分の疑問や悩みを解決してくれる先輩で、師匠で、生きる道しるべだったのよ。怒られたり、諭されたりして育ってきたんだよ。
もちろん、今だってすごく尊敬してるし、親が子どもの事に関して考えてたり、言ってくることって間違いがないと思ってる。
でもさ、他の、例えば私が見たり聞いたりして感じたことについての意見は自分自身の考えであって、それは着実に自分の志向とか考え方の基準をつくってきてて。それは親のものではなくて、自分だけのもので。それが親と違っていることも当然で。
今はもう、親が正しいと従順に、純粋に思っていた子どもではなくなってて。
いまさらだけど、自己、自我って言うやつ。
それが出てくるとさ、なんか親と自分との関係が微妙に感じられるようになってきた。
なんていうのかな、今までは自我がなかったから、親と自分を区別してなかったんだと思う。だから、私が親に対して何を言っても、たとえ悪口や軽口を叩いてもなんとも思っていなかった。
でも、最近、自分と親は違うんだって分ったってことなのか、親に対しての言動にひどく気を使ってしまう。あ、こんなこと言って傷つかないかな、とか、あっ失礼なこと言っちゃったかも、とか。
今までは本心を飾らずそのままぶつけてたのが、今はちょっと考えちゃうようになった。
いいのか、悪いのかは、分らないけど。
無邪気な子どもじゃー、なくなったってことか。
なんていうのかな、小さい頃は明らかに親の立場が強くって、そして親の事はいつもとても正しくて、自分の疑問や悩みを解決してくれる先輩で、師匠で、生きる道しるべだったのよ。怒られたり、諭されたりして育ってきたんだよ。
もちろん、今だってすごく尊敬してるし、親が子どもの事に関して考えてたり、言ってくることって間違いがないと思ってる。
でもさ、他の、例えば私が見たり聞いたりして感じたことについての意見は自分自身の考えであって、それは着実に自分の志向とか考え方の基準をつくってきてて。それは親のものではなくて、自分だけのもので。それが親と違っていることも当然で。
今はもう、親が正しいと従順に、純粋に思っていた子どもではなくなってて。
いまさらだけど、自己、自我って言うやつ。
それが出てくるとさ、なんか親と自分との関係が微妙に感じられるようになってきた。
なんていうのかな、今までは自我がなかったから、親と自分を区別してなかったんだと思う。だから、私が親に対して何を言っても、たとえ悪口や軽口を叩いてもなんとも思っていなかった。
でも、最近、自分と親は違うんだって分ったってことなのか、親に対しての言動にひどく気を使ってしまう。あ、こんなこと言って傷つかないかな、とか、あっ失礼なこと言っちゃったかも、とか。
今までは本心を飾らずそのままぶつけてたのが、今はちょっと考えちゃうようになった。
いいのか、悪いのかは、分らないけど。
無邪気な子どもじゃー、なくなったってことか。
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